花巻地方では大正年代に入って電気が急速に普及し始め、科学技術の発展に敏感な賢治は電気・電燈・電車などを題材にした作品も多い。『春と修羅』所収「カーバイト倉庫」の詩にあるカーバイト倉庫は岩手軽便鉄道の岩根橋駅近くにあった発電所の電力を利用して操業されたカーバイト工場の倉庫のことで、岩手軽便鉄道に勤めていた佐藤寛は下記のようにこの詩について解説している。

線路のカーブした先が岩根橋駅 線路はかつて岩手軽便鉄道、現在はJR釜石線
鉄道の下を流れる川は猿ヶ石川 この下流(奥)に発電所があった

     カーバイト倉庫
  まちなみのなつかしい灯とおもつて
  いそいでわたくしは雪と蛇紋岩との
  山峡をでてきましたのに
  これはカーバイト倉庫の軒
  すきとほつてつめたい電燈です
    (薄明どきのみぞれにぬれたのだから
     巻烟草に一本火をつけるがいい)
  これらなつかしさの擦過は
  寒さからだけ来たのでなく
  またさびしいためからだけでもない

『春と修羅』より
佐藤寛「カーバイト倉庫について」(四次元、第2巻11号、昭和25年12月)

 この詩は釜石線岩根橋駅附近にある盛岡電気株式会社のカーバイト工場の建並んだ倉庫のことです。ここには岩根橋発電所がありそれを利用してのカーバイト工場だったのです。――駅があっても住家は一軒か二軒位もあったでしょうか?もともとここは宿場でも何でもないところでしたから、これまではその存在すら認められていませんでした。ここから東へ約4キロほどに宮守という宿場がありますから、交通の上からは存在価値がなかった訳です。しかし、発電所が出来カーバイト工場が設けられることになって、はじめて浮かびあがって来たところなのです。

岩根橋駅前 道路沿いに倉庫が並んでいた
無人の岩根橋駅
岩根橋鉄橋を渡る釜石線の客車