花巻市石鳥谷町の西方面に位置し、上流は童話「楢ノ木大学士の野宿」の舞台。賢治は盛岡高等農林学校の研究生のとき、稗貫郡地質及土性調査のためこの辺一帯を野宿しながら歩いた。この体験が先の童話や詩作品から窺われる。川の上流に造ったダムによる葛丸湖畔に賢治の歌碑が建つ。

葛丸ダムに向かう途中の葛丸川

葛丸ダムの歌碑

ほしぞらは
しづにめぐるを
わがこゝろ
あやしきものにかこまれて立つ

 大正7年3月で盛岡高等農林学校を卒業した賢治は、稗貫郡から盛岡高農に依頼された地質調査に従事するため引き続き研究室に残り、4月から実地調査のため郡内の山間地に入った。残された書簡から、5月に2度葛丸川上流を調査したと推測される。この調査では案内人とともに山奥の炭焼き小屋に泊まったと思われ、地元の方々の調査でその場所が特定されている。碑に刻まれた歌はこの時の体験を詠んだものとおもわれ、地質調査に従事する頃に詠んだ一連の短歌ととも収録されている。
 写真の奥の方に見える山の連なりが地質調査の現地であり、童話「楢ノ木大学士の野宿」が発想されたと思われる現場でもある。