浪板海岸
宮沢賢治は、花巻農学校教師時代の1925(大正14)年1月5日から9日まで、三陸海岸を北から釜石までひとりで旅をした。「春と修羅 第二集」にこのときの日付けをもつ一連の詩が収録されており、北三陸にはこれらの一連の詩作品が碑になって建立されている。
大槌町の浪板海岸を見下ろす国道沿いの高台には「薔薇輝石や雪のエッセンスを集めて、」と書き出される「三四三 暁穹への嫉妬」が建立された。この詩は、この北三陸を旅行した折りの一連の詩群の2番目の作品で、詩の日付けにより描かれた実際の場所はだいぶ北の三陸海岸北部であるが、薔薇輝石と大槌の関連から碑文にこの詩を選んだと思われる。
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三四三 暁穹への嫉妬
一九二五、一、六、
薔薇輝石や雪のエッセンスを集めて、
ひかりけだかくかゞやきながら
その清麗なサファイア風の惑星を
溶かさうとするあけがたのそら
…(碑文ここまで)
さっきはみちは渚をつたひ
波もねむたくゆれてゐたとき
星はあやしく澄みわたり
過冷な天の水そこで
青い合図をいくたびいくつも投げてゐた
それなのにいま
(ところがあいつはまん円なもんで
リングもあれば月も七っつもってゐる
第一あんなもの生きてもゐないし
まあ行って見ろごそごそだぞ)と
草刈が云ったとしても
ぼくがあいつを恋するために
このうつくしいあけぞらを
変な顔して 見てゐることは変らない
変らないどこかそんなことなど云はれると
いよいよぼくはどうしていゝかわからなくなる
……雪をかぶったはひびゃくしんと
百の岬がいま明ける
万葉風の青海原よ……
滅びる鳥の種族のやうに
星はもいちどひるがへる
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この海岸は白い砂浜が続く海水浴場として人気だったが、東日本大震災で地盤が沈下し砂浜が消えた
薔薇輝石
薔薇輝石は北三陸地方で産出される鉱石で、実際には大槌よりかなり北にある野田村の鉱山で採掘されたようだ。賢治は盛岡高等農林学校修業後、自身の職業について父宛の書簡で人造宝石の仕事を希望し、その算段の一つに〈大槌の薔薇輝石〉買入れという項目をあげている。子どものころから「石コ賢さん」と呼ばれ、石に詳しい賢治は宝石の人造を職業として目論んだが、父親の賛同を得られず計画だけに終わった。
〈大正8年2月2日 宮沢政次郎あて書簡〉
私の目的とする仕事は宝石の人造に御座候。……
先づ仕事の綱目は
一、飾石宝石原鉱買入及探求。
(之は報告、その他より鉱物山地を知りて手紙にて買入、又は自分にて旅行して買入。たとへば花輪の鉄石英、秋田諸鉱山の孔雀石、九戸郡の琥珀、貴蛇紋石 大槌の薔薇輝石、等)
二、飾石宝石研磨小器具製造。
三、金属部を買入れてネクタイピン、カフスボタン、髪飾等の製造。
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三陸鉄道大槌駅
浪板海岸に建つ碑に続き大槌町2番目の賢治詩碑として建立された。碑文は、農学校教師時代の賢治が北三陸を旅行した際に描いた一連の詩群のひとつ「三五六 旅程幻想」である。賢治は宮古から乗った船を釜石に向かう途中のどこかで降りたとおもわれ、詩はその後の陸路の情景と自身の心象をスケッチしている。大槌は宮古・釜石の間にあり釜石寄りに位置する。この碑の建立で、1925(大正14)年1月6日から1月9日まで書かれた賢治の三陸紀行一連の詩の碑が旅程沿いに全て揃った。
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三五六 旅程幻想
一九二五、一、八、
さびしい不漁と旱害のあとを
海に沿ふ
いくつもの峠を超えたり
萱の野原を通ったりして
ひとりここまで来たのだけれども
いまこの荒れた河原の砂の、
うす陽のなかにまどろめば、
肩またせなのうら寒く
何か不安なこの感じは
たしかしまひの硅板岩の峠の上で
放牧用の木柵の
楢の扉を開けたまゝ
みちを急いだためらしく
そこの光ってつめたいそらや
やどり木のある栗の木なども眼にうかぶ
その川上の幾重の雲と
つめたい日射しの格子のなかで
何か知らない巨きな鳥が
かすかにごろごろ鳴いてゐる
碑は東日本大震災のちょうど8年後の2019年3月11に建立された。大槌駅は津波で被災、鉄道線路も流されたが碑の建立に前後して新装駅舎が完成、三陸鉄道も8年ぶりに全線復旧開通した。
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