岩手県を縦断する大河北上川の中流、花巻市街地にほど近い岸部で賢治が名付け、農学校教師時代に生徒とよく遊びに来ていた。賢治は散文「イギリス海岸」で、広く露出する青白い凝灰質の泥岩が、強い日差しで乾き真っ白に見える岩の上を歩くと「全くもうイギリスあたりの白亜の海岸を歩いているような気がするのでした」と命名の由来を書いている。詩「薤露青」や童話「銀河鉄道の夜」など、関連する作品が多い。

賢治が名付けたイギリス海岸
「イギリス海岸」原稿第1葉

 夏休みの十五日の農場実習の間に、私どもがイギリス海岸とあだ名をつけて、二日か三日ごと、仕事が一きりつくたびに、よく遊びに行った処がありました。
 それは本とうは海岸ではなくて、いかにも海岸の風をした川の岸です。北上川の西岸でした。東の仙人峠から、遠野を通り土沢を過ぎ、北上山地を横截って来る冷たい猿ヶ石川の、北上川への落合から、少し下流の西岸でした。
 イギリス海岸には、青白い凝灰質の泥岩が、川に沿ってずいぶん広く露出し、その南のはじに立ちますと、北のはづれに居る人は、小指の先よりもっと小さく見えました。
 殊にその泥岩層は、川の水の増すたんび、奇麗に洗われるものですから、何とも云へず青白くさっぱりしていました。(一部略)
 日が強く照るときは岩は乾いてまっ白に見え、たて横に走ったひゞ割れもあり、大きな帽子を冠ってその上をうつむいて歩くなら、影法師は黒く落ちましたし、全くもうイギリスあたりの白亜の海岸を歩いているやうな気がするのでした。

「イギリス海岸」より

泥岩層

 現在の北上川は、上流に複数のダムが整備されて水量をコントロールしており、降雨量に関わらず普段はイギリス海岸附近の河床を見ることは出来ない。ただ、年に1回、9月21日の賢治祭に合わせて、ダムの管理者の粋な計らいで放流量を調節してくれる。雨が降らなければ下の写真のように河床の泥岩層が見られる。